酸蝕症とは?
2025年6月10日
エストデンタルケア南青山の橋本です。
入梅間となり不安定な気候が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
今回は酸蝕症についてお伝えしていきます。
酸蝕症(さんしょくしょう)は、歯のエナメル質が酸によって化学的に溶けることによって生じる疾患であり、虫歯(う蝕)や歯周病に続く「第3の歯の疾患」とも言われています。特に近年の食生活の変化により、大人だけでなく子どもにも酸蝕歯が見られるケースが増えています。
この疾患の特徴は、進行が非常に緩やかであるために、患者が異変に気づくころにはすでにエナメル質の損傷が進行してしまっている点にあります。放置すると、知覚過敏や象牙質の露出による強い痛み、さらには歯の形態変化まで引き起こす恐れがあり、早期の予防と対処が極めて重要です。
【酸蝕症とう蝕の違いとは?】
う蝕(虫歯)と酸蝕症はどちらも歯の脱灰(エナメル質のミネラルが失われる現象)を伴いますが、その原因には大きな違いがあります。
•う蝕:口腔内の細菌が糖分を分解して酸を産生し、局所的に脱灰が起こる。
•酸蝕症:外部から取り込まれた酸(飲食物、薬品、胃酸など)が直接歯に触れることで脱灰が進行する。
つまり、う蝕は細菌が介在する「感染性の疾患」であるのに対し、酸蝕症は「非感染性の化学的損傷」と言えます。
酸蝕症のダメージは、う蝕のような点的で深い損傷とは異なり、広範囲にわたる浅い損傷が特徴です。このため、初期には変化に気づきにくいのが実情です。
【酸蝕症の主な原因】
酸蝕症の原因は多岐にわたりますが、以下の3つが主なリスク因子とされています。
1. 職業性の要因
工場などの職場で酸性のガスを日常的に吸引する環境下にある人は、酸蝕症のリスクが高まります。特にメッキ工場、ガラス製造、バッテリー工場などに勤務する方は注意が必要です。
これらの環境では、フッ化水素や硫酸など強酸が気化した状態で空気中に存在し、それを吸入することで口腔内が常時酸性環境にさらされるためです。
2. 薬剤・全身疾患
アセチルサリチル酸(いわゆるバファリンなどの頭痛薬)、ビタミンC、鉄剤などの酸性薬剤を長期間服用している場合、酸が直接歯に触れることで酸蝕症が進行します。
また、胃酸が関係する病気(逆流性食道炎、摂食障害による嘔吐など)も大きなリスク因子です。胃酸のpHは1.0~2.0と極めて低く、エナメル質を容易に溶かす力があります。特に夜間に逆流が起こる場合、だ液の分泌量も減少しており、口腔内の酸を中和する力が落ちているため、酸蝕が進行しやすくなります。
3. 酸性飲食物の過剰摂取
現代人に最も多く見られる原因がこの「飲食物」です。炭酸飲料、スポーツドリンク、柑橘系果汁飲料、酢を使った料理やサプリメント、そして意外なところでは乳幼児向けの飲料までもが酸性度が高く、酸蝕症の要因となり得ます。
市販飲料のpHは以下の通りです(一部例):
•炭酸飲料:pH 2~3.5
•スポーツドリンク:pH 3.0~4.0
•果汁飲料:pH 3.0~4.5
•ヨーグルト飲料:pH 3.5~4.5
【酸蝕症の予防方法】
酸蝕症を予防するためには、「歯が酸にさらされる時間」をできる限り短くすることが重要です。以下のような行動習慣が推奨されます。
1. ダラダラ飲食を避ける
酸性飲料や果物などの摂取を、長時間にわたって継続的に行うと、だ液の緩衝作用が働きにくくなり、酸蝕が進行しやすくなります。特に以下のような習慣はリスクとなります:
•デスクワーク中の炭酸飲料の常飲
•運動中のスポーツドリンクの持続的摂取
•果物やヨーグルトを毎食後に口にする習慣
飲む場合は、ストローを使って酸が歯に直接触れないようにしたり、飲んだ後すぐに口をゆすぐことで対策が可能です。
2. 食後の口腔ケア
食後は可能であれば歯磨きを行い、酸を除去しましょう。ただし、酸性飲料を摂取した直後の歯磨きは、エナメル質が柔らかくなっているため避けた方が良い場合があります(30分ほど時間を空けるのが理想です)。
外出中などで歯磨きができない場合は、最低でも水でうがいを行い、口腔内のpHを中性に戻すことが重要です。フッ素配合のデンタルリンスの使用も効果的です。
3. 定期的な歯科受診
酸蝕症は進行がゆっくりなため、早期発見が困難です。定期的に歯科検診を受けることで、初期段階での介入が可能となり、症状の進行を防げます。
【子どもと酸蝕症:新たなリスク層の出現】
かつては成人に多いとされた酸蝕症ですが、現代ではジュース類やフルーツの摂取頻度が高いこと、乳幼児用飲料の酸性度が意外と高いことから、子どもにも酸蝕歯が見られるようになっています。
•果汁100%ジュースや炭酸飲料、乳酸菌飲料の常飲
•おやつ代わりのイオン飲料・スポーツドリンクの摂取
•酸味のあるグミやキャンディー、ドライフルーツの人気
•甘味のある乳幼児用飲料の高pH値(意外に強い酸性)
これらの食品・飲料の多くは、pHが4.5以下であることが一般的で、エナメル質の臨界pH(5.5~5.7)を容易に下回ります。その結果、だ液の中和力が未熟な子どもの口腔では、歯が酸にさらされる時間が長くなり、脱灰が進行しやすくなります。
【 唾液の役割と夜間のリスク】
唾液には、口腔内の酸を中和し、脱灰されたエナメル質の再石灰化を促進する働きがあります。しかし、子どもは大人に比べて唾液の量や質が未熟なため、自然回復力が弱い傾向があります。
特に問題となるのが夜間の酸性飲料摂取です。
例:よくあるNG習慣
•寝かしつけ時にジュースを哺乳瓶やマグで与える
•就寝前にヨーグルトや果汁系おやつを口にする
•夜間にイオン飲料で水分補給をさせる
夜は唾液分泌が大幅に減少し、口腔内が乾きやすく酸が停滞しやすくなるため、酸蝕症のリスクが飛躍的に高まります。
【乳幼児用飲料の“落とし穴】
市販されている「乳幼児向け」「赤ちゃん用」と書かれた飲料の中にも、実はpHが4以下という酸性度の強い製品があります。味がマイルドで酸っぱく感じないため、親が「安全」と判断してしまいやすい点もリスクです。
【 保護者へのアドバイス:5つのポイント】
1. 寝る前に酸性飲料を与えない
→ 寝かしつけに甘い飲み物を使うのは避け、できるだけ水や白湯に切り替えましょう。
2. 飲んだ後は口をゆすがせる
→ うがいが難しい年齢なら、少量の水を飲ませるだけでも◎
3. ストローを使用する
→ 歯に直接飲料が触れるのを防ぎます。
4. 酸性食品・飲料の頻度を減らす
→ 完全に禁止するのではなく、1日1~2回程度に抑えましょう。
5. 歯磨きは飲食から30分以上空けて行う
→ 酸性下ではエナメル質が柔らかくなっているため、すぐ磨くと傷つく可能性があります。
まとめ:酸蝕症は“気づかれにくい”疾患
酸蝕症は、現代の食生活やライフスタイルに起因して誰にでも起こり得る疾患です。虫歯と違って痛みや穴が開くなどの明確な初期症状が少ないため、知らぬ間に進行しているケースが多いのが特徴です。
予防のポイント
•酸性飲料・食品の摂取回数と時間をコントロールする
•食後は歯磨きか、うがい・デンタルリンスを活用する
•フッ素やキシリトール入り製品の活用
•歯科での定期検診を受ける
一人ひとりのライフスタイルに合わせた対応が求められますが、「酸と歯の接触時間を減らす」という原則を守ることで、大きなリスクを防ぐことができます。